村田沙耶香「殺人出産」の読書レビュー

「10人産んだら1人殺人できる」「トリプルという3人で交際するスタイル」「セックスを排除した清潔な家庭と子作りのための性交業者」「死なない時代のイケてる安楽死」という現代の倫理観とは異なる各設定がどれも興味深く、同時にそれらの各制度の良さをストーリーを介して見せてくれます。新しい制度に馴染めない人との対立も描かれていて面白い。ディストピアを描くフィクションと見せかけて、現代の社会問題に対する村田沙耶香さんの理想かつ極論の解決法が小説という形に落とし込まれている。小説の面白さが実感できる良著だと思います。

「殺人出産」村田沙耶香

「産み人」となり、10人産めば、1人殺してもいい──。そんな「殺人出産制度」が認められた世界では、「産み人」は命を作る尊い存在として崇められていた。育子の職場でも、またひとり「産み人」となり、人々の賞賛を浴びていた。素晴らしい行為をたたえながらも、どこか複雑な思いを抱く育子。それは、彼女が抱える、人には言えないある秘密のせいなのかもしれない……。

Amazonより引用

死刑制度にさえ警鐘を鳴らしている現代社会だけど、改心しようのない凶悪犯罪者はたしかに存在していて、その存在を恐れ、そんな人はいなくなってほしいと誰しも実は願っているのではないだろうか。しかしそんな感情を表に出すことは今の日本では憚(はばか)られている。それに対して「殺人出産制度」がある世界では、10人産めば誰でも1人を殺して良い。その1人は犯罪者である必要でさえない。今の日本にそんな制度があったらどうなるか?パワハラ上司、DV家族、スキャンダラスな政治家、なんとなく気にくわない奴、誰しも消えてほしい人物はいると思うので心沸き立つかもしれない。しかしそのためには10人(小説では男性も人口子宮で出産できる設定)産まないといけない。自分がそこまで苦労して消えてほしい人がいるかを考えさせてくれる。
そして、1人が犠牲になるが10人の新しい命が生まれるというのは、数字的にも国の将来を考える上でもとても正しい。その正しさを皆が当然だと考えている世の中で、それにどう反論できるのかを思考実験するとても良い題材になるお話だと思う。

この本には他にも3話収録されています。

『トリプル』は、2人(カップル)ではなく「トリプル」という3人で交際することが常識となった社会のお話。3人なので性行為のスタイルも変容している。3人のうち1人を選び裸にし、身体中の穴を責めまくるという新しい性行為は「マウス」と呼ばれている。それに慣れている主人公の真弓が、いまだに「カップル」で交際している友人リカのセックスを目撃して気持ち悪くなるのも面白い。
トリプルになるためのナンパの仕方もスマートで面白い。

『清潔な結婚』は、家族となった夫婦はSEXをしない。むしろ夫婦間のSEXを嫌悪している。SEXという行為は外で愛人と行うことが常識となった社会のお話。登場する夫婦はとても幸せそうな家庭に見える。夫婦のセックスレス問題の解決法として、この割り切り方は良い。夫の愛人からメール送られてくる、赤ちゃんプレイを楽しむ夫の姿を興味深くもクールに見る妻ミヅキの描写も面白い。

『余命』は、不老不死が実現した世の中で、思い立ったら気楽に安楽死もできる社会のお話。自身が安楽死に肯定的な考えを持っているので、この話のように人に迷惑をかけずに死を選ぶのであれば、それほど外道なことでもないように思える。安楽死を導入して世の中がどういう感じになるのか、社会実験的観点から気になる。

どの話も、読んでいて「実はこういう社会の方が生きやすいのではないか?」「自分が望んでいるのはこういう社会なのではないか?」と思わせてくれる。今の社会構造や社会常識に対して不平不満がある人は私含めて多いと思いますし、ついつい私もその不満をブログやツイートで愚痴りがちです。村田沙耶香さんという作家は、愚痴るのではなく、倫理観をとっぱらってでも解決法を探究し、それを小説という形で登場人物を使ってストーリーにするという次元の高いストレス発散をされている気がする。そしてあくまで小説なので、どんなに反倫理的で身も蓋もない設定でも炎上しない。小説家が羨ましく思える一冊でもありました。

「殺人出産」村田沙耶香